Happy Banana Republic Day

1950年1月26日はインド憲法が発布され共和国となった日だ。そんなわけで、今日は祝日であり、ドライデイ(禁酒の日)である。フェイスブックには共和国記念日を祝う言葉があふれると同時に、Happy Banana Republic Dayと皮肉を込めてコメントを書き込んでいるインド人もいる。彼らはインド人であることを誇りに思っていない、というメッセージを反映しているのである。

インドでは映画上映の前に国家が流れるなど、日本よりも愛国心を煽るような風習が強いように見受けられる。しかし、実際のところ、私と同世代のインド人たちは母国の状況にまったく満足していない。電気、水、道路などのインフラの問題、政府や警察の汚職、サービスの悪さなど、いつまでも解決しない基本的な問題に苛立っている。中でも高い税を支払っているのに、そのお金がどこへ流れてしまっているのか(スイス銀行に蓄積されていて、国の発展のためには使われてはいない、という意見もある)という不満はよく耳にする。数年前にインド政府は2020年に先進国入りを目指しているという意思を表し、私も日本語訳された本を読んだが、あと6年でそのレベルに到達するようにはまったく見えない。笑い話だという声も聞く。

「I am not proud to be an Indian. インドのメディアはインドが如何にひどい国であるかを報道する事が大好きで、僕たちは如何にインドがひどい国かを世界に見せつけるのが大好きな国民だ」これはインド人の友人が共和国記念日を祝してフェイスブックに書き込んでいたコメントだ。私はインド人であることを恥じている、という言葉はわりとよく聞く。会社の同僚であれ、友人であれ、日本にいるインド人であれ、多くの人が母国を誇ってはいない。そして彼らはその後にこう続ける。「日本は素晴らしい国だ」と。

たしかに日本は彼らの持っていないすべてを持っている。インフラは整い、汚職は無く(あるだろうけど告発されて罰せられるシステムはある)、消費税は低い(インドに比べて)。インド人にとっては未来都市のようなものだ。私はこれまで、これらすべてが揃った後の先進国である日本が失ってしまったものを、インドが持っているということに強い魅力を感じてきた。そして、何よりもインドは各々が異なっていることがあたりまえであり、日本で窮屈だと感じてきたことがインドには無いという点が自分にあっていると思ってきた。今でもその考えは変わらない。しかし、ムンバイで生活し始めて2年3ヶ月、インド人たちがなぜ祖国を嫌うのかということが身に染みてわかってきたのである。国の表面だけを見る外国人としてではなく、もっと深いところに足を踏み込んでみたからこそ、見えて来たのだと思う。

昨年は天皇陛下が渡印し、今回は阿部首相がインドを訪れている。インドと日本が関係を深めて行こうとしているのは非常に嬉しい。一方が持っていないものを、もう一方が持っているので、補い学び合える関係になるべきだ。個人的にはインドの国民性と経済、宗教的なレイヤーが不揃いである分、インドが日本のレベルにまで到達するのは、何十年もかかると思っているが、もしインド人が母国を誇れる時が来たら、その国はきっと世界でも最強の大国になるだろう。その日まで、インドは国民が「Happy Banana Republic Day」と言って記念日を祝すのを甘んじて受けるしかない。

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