無痛分娩の話

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今さらながら、出産した時のことを記録も含めて残しておこうと思う。

私が出産をしたのは無痛分娩24時間対応の都内の病院だった。妊娠するずっと前から、万が一にも自分の人生で出産することがあるのであれば無痛分娩一択と決めていた。理由は子供を産んだ二人の体験談による。

どちらも笑い話なのだけれど、一つ目はフランスに住む従妹の体験談だ。彼女は無痛分娩が80%を占めるフランスでも、祖母の「陣痛なんて大したことないから自然分娩で大丈夫」という言葉を信じて自然分娩で挑んだところ、あまりの痛さに病院の窓から飛び降りてやると思ったという。二つ目はインド在住中にムンバイの私立病院に出産入院した友人の話だ。自然分娩を希望したところ、彼女は医者にこう言われた。「アンタ気は確かか?もう自然分娩に対応したことのある医師はリタイアしていてこの病院にはいない。どうしてもというのなら引退した医師を呼んでくる」。自然分娩を突き通したところ、物珍しさで当日は医師や学生に取り囲まれての出産になったという。つまり、インドでも私立病院(インドでは中流階層以上は通常私立病院を使う)ではそれだけ無痛分娩が一般的であったということだ。

わたしの周りの同年代でも、30代に入ってから出産した友人たちは9割が無痛分娩だった。注意が必要なのは一言に「無痛」といっても、麻酔を入れるタイミングは病院によってまちまちで、計画無痛分娩のところもあれば、子宮口がある程度開くまで麻酔を入れてくれない病院もあり、無痛分娩をうたっている病院でも詳細をしっかり調べる必要がある。私の場合は後者のパターンで、結果、前駆陣痛2日間と、本陣痛8時間をしっかり味わうこととなった。

前駆陣痛は7分おきにものすごい痛みが押し寄せてきて、痛みもさながら、睡眠がとれないという点においても拷問だった。寝ようとすると、痛みでたたき起こされるのが永遠に続くのだ。病院に電話しても前駆陣痛の間は病院に来るなと言われたが、もう我慢がならず、2日目の朝に病院に駆け込んだところ、やはり前駆陣痛だから麻酔はまだ入れられないと言われ、そこから夕方まで苦しみいったん痛みが引いた後、その夜、本陣痛が始まった。

陣痛が来ている時は仰向けになっていられず、YouTubeで情報を得た、座って痛みを逃す姿勢を取り続けた。叫ぶ人もいるというが、叫ぶと体力を消耗するので、ひたすらソフロロジー法に則って呼吸を深くするよう心掛けた。呼吸法というところでいうと、ヨガと弓道やっていたのが少しだけ功を奏した。ホントに呼吸ってバカにならない。ぜんぜん痛みの度合いが違う。
数時間後、看護師さんがやってきて、「夜ご飯食べて余裕あったらお風呂につかれます?」と言った。お風呂に入るとお産が進むらしい。「この状況で風呂?!しかも随分と古風な手段だな」と、絶望したが、少しでも早く麻酔を入れてもらえるようにと、陣痛の合間にながーい廊下を歩いてお風呂場まで移動することにした。途中、2回くらい陣痛がやってきて、廊下でうずくまることになった。お風呂の効果があったのか、その後、麻酔を入れてよしとの医師の許可が下りて、午前3時ごろに麻酔を入れた。脊髄の近くに硬膜外麻酔をするため、針を入れる瞬間が結構痛く悲鳴が出たが、それが出産における最後の痛みだった。背中に冷たい液体がスッと流れる感覚があってから、みるみる痛みが消えていき、私は感動した。医学ってスゴイ。

それから出産までの間、痛みはなかった。実際に産む瞬間も、私があまりにヘラヘラしていたので、立ち会った夫が驚いていたくらい。破水して羊水が減ったことで子供に酸素が届かなくなり緊急対応があったりもしたが、麻酔を入れてから12時間後に出産の運びとなった。産道から出てくるまでに少し長く時間がかかったことで、酸素不足ですぐに子供は新生児室に運ばれてしまい、私自身も1リットルの出血の処置が長くかかり、その後も貧血でふらふらになり人生で初めて車いす体験をしたりもした。しかし最終的には母子ともに無事な出産に落ち着いた。

出産までのフェーズに、つわりや陣痛というそれまで経験したことのない辛さを味わうが、不思議と出産経験者にそういう話をしても皆悟ったような表情を浮かべてほほ笑む。今振り返って思うのだが、つわりや出産も大変だけど生まれた後もまあ大変なのである。看護師さんが「子供って緩やかに母親に限界を超えさせる天才だから」と言っていたのはこういうことだろう。「今が限界だ!!もう無理!!」と思っても、次の瞬間にはさらにハイレベルな試練をシレっと与えてくるから常に限界を超えていくことになる。今思えば先輩たちの悟ったような笑みには「まだまだこれからなのよ」という含みがあったのかもしれない。

しかしまあ総じて妊娠出産というのは人体と医学のすばらしさに感嘆する出来事であった。今まで健康に生きてきたからなおさら。胎児のエコーを見たり、胎動やしゃっくりを感じるのは間違いなく自分の体内で別の生き物が生きている証拠であり、こっちはいちいち初体験でとっ散らかっても医師たちはこれまで何千という症例をみてきたベテランなので、その二者の間に漂う空気の差も面白い。そして何より、子供と自分の命を救って貰うという実体験を通して医学って素晴らしいなぁ、としみじみ思った。

今後出産を予定している人たちにも無痛分娩おすすめする。せっかくこの時代に妊娠出産という稀有な機会を得たのだから、時代の最先端技術を身をもって経験してみるのも一興ではないだろうか。

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