目的を持って海外にでること。

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 ※以下は、2011年インドへ出発する前に、ある本の巻頭エッセイとして寄稿した文章に、ちょっとだけ手を加えたものです。

「お前はラッキーなやつだな」と、世界一周をしている過程で、いろいろな国の人に言われた。それまで自分がラッキーであるかどうか考えたことは無かったし、「ラッキーだな」で片付けられると、まるで努力は無かったかのようにも聞こえて、正直なところ、この言葉を投げかけられてもいい気分はしなかった。でも、最近になって「私はすごくラッキーかもしれない」と思うようになった。どういう意味でラッキーなのか。それは「多くの可能性(彼らはOpportunityと言っていた)を持っている」という意味で、だ。

本来、私は他人と自分を比べることが好きではない。人はそれぞれ違う価値観を持っているのだから、自分の価値観で他人を計ったり、他人の価値観で自分を計られるのが嫌いだ。極端なことを言えば、それが自分には理解しがたい価値観であれ、自分の信じているものを大事にして人生を楽しんでいる人間が好きだ。でも、今回「お前はラッキーなやつだな」という言葉を投げかけられて、自分のこれまでの人生と、その言葉を発した、まるで違う価値観を持つ人々の人生を比べてみようという気になった。

たとえば、ベトナムのホーチミンで出会った、ロシア語、英語の堪能な女の子は観光エリアのレストランで少ない賃金でアルバイトをしながら学校に通い、語学を活かせる仕事を海外ですることを夢見ていた。タンザニアのザンジバル島で、大学に行くための資金が足りないため、海外の大学での奨学金をあてに通信の遅いパソコンを使いながら進路を模索していた男の子は、数ヵ月後に不合格の通知を貰ってもなお、大学に行くことを諦めずにいる。家族を養うために、インドでレストランを開店したが経営がうまくいかず1ヶ月ほどで閉店せざるをえなかったネパール人は、月給200ドルで親を養いつつ、さらにネパールから自分を頼ってきた妹分にインドで住む場所を用意してあげていた。幼少のころから日本が大好きで、言語はもちろん、今では日本の若者が興味を持たなくなった演歌やその他の日本文化に詳しく、日本へ旅行に行くことを願っていたクロアチア人の女の子は、就職難の母国でやっと仕事を得たので、2、3年後には日本を訪れる資金が貯まるはずだと言っていた。これら誰もがそれぞれに叶えたい何かを持っていたけれど、具体的には彼らの国籍や環境が、それらの願いを叶えることを難しくさせていた。私は思った。「もし、彼らが私と同じように世界一周をしていたら、私より遥かに多くのものを、その旅から学んだに違いない」、と。

私は「生きたい場所をみつける」という目的で、1年間の世界一周旅行へ出かけた。それまでは、ごく普通に日本の義務教育を受けて、日本の大学に入り、多くの若者がそうであるように、大学3年生で就職活動を行い、勉強はそこそこに、サークル活動に熱を入れた4年間の大学生活を終えて、外資系IT企業で3年間営業をやった。大学生のときに、ウクライナへ2ヶ月間のインターンシップに参加してからというもの、海外への一人旅にはまって、会社の休暇は、ほぼバックパッカースタイルの旅行にあてた。そして海外の奔放な空気に触れ、「自分らしく楽しく暮らせる場所は日本でなくてもいいのではないか」と考え始め、「いずれは自分の好きな土地で、その国の人々と起業して、その土地でずっと生きていきたい」という自分なりの楽しい生き方のイメージを叶えられる場所を探すために日本を出た。世界一周をするまでの経緯は、特に珍しいものでもなんでもないし、今や世界一周するということでさえも、書店に行けば、世界一周に関するたくさんの書籍が出版されていることからもうかがえるとおり、我々、先進国の日本の若者の間では珍しいことではなくなってきた。日本に関わらず、会社をやめて世界一周を始めた韓国、イギリス、ドイツ、オーストラリア人などにも出会った。仕事をやめて、あるいはそれまでやっていた何かをやめて、長旅に出るということ自体は、先進国の人間にとって、今では特別なことではない。

しかし、同じことをしていても、それがあるか無いかで圧倒的に違うことがある。それが目的だ。旅というのは目的的にやるものではなく、「何かを探しにいく」というもので良いではないか、という意見もあるだろう。しかし、私の言う旅というのは、休暇で数日いくものではなく、数ヶ月から年単位に及ぶものだ。11ヶ月の世界一周を終えた身としては、「何かを探しに行く」という曖昧な姿勢は決しておすすめできない。長旅を終えた後に、世界一周という経験以上に魅力的なことをするということは簡単ではないし、私が周りを見渡した限り、旅の後にそういうことを実践している人間は少数派だ。旅を始める前、旅の最中はいい。わくわくして、新しい何かに出会って、それを潜り抜けていくのに必死になることはとても楽しいし、そういう経験もとても大事だと思う。けれども、旅を終えた後、旅を始める前より満足の行かない状態に身を置くことになってしまう人もいる。

アルゼンチンのブエノスアイレスの安宿で、「もう旅の終点なのだが、帰る気にはとてもなれない」というドイツ人の女の子に出会った。彼女は仕事をやめて、住んでいたアパートも出払って、ドイツを出発し、2年間の南米旅行の終わりを迎えていた。「今はもうアパートもないし、両親の家に帰るしかないのだけれど、帰ったって今のドイツには仕事はないし、きっと両親から文句を言われる。帰りたくないから、この宿でアルバイトをはじめた」。彼女が2年間の旅の終わりに決めたその進路に満足しているのならいい。しかし、そう言う彼女の表情は決して満足しているようなものではなかった。夢を叶えるために母国を出てきたのに、夢を叶えた後はどうしたらいいかわからない、という人は少なからずいる。かく言う私は、「生きたい場所を見つける」という目的に対して、「インドに住む」という答えを得たが、インドで具体的に何を起業するのかというアイディアはまだ生まれていないし、そもそもインドに移住するという最初のステップを実現することにでさえ、帰国してから6ヶ月を要している。第一ステップとして何をするかに悩み、インドへ生活の場を移すにも、MBAをとっている学生が、わんさかいるインドでは、IT企業の営業3年というキャリアだけの私にとっては入り口の選択肢は決して多くは無かったし、仕事が決まってもビザはなかなか降りないし、などなど、思った程うまく行かないものなのだ。そして、そういう「思ったほどうまく行かない」という状況に陥ってもなお、旅に出る前に立てた目的に対して見つけた答えが「絶対にやるんだ」と執着できるものでなかったら、私にとって11ヶ月の旅は、一生の良き思い出にはなれども、それ以上のものにはならなかっただろう。

話を戻そう。「お前はラッキーだな」と、たくさんの人に言われた。そう、私はある意味でラッキーだった。日本に生まれ、どの国へもほとんど問題なく入国できる。各国へのビザを取るのも難しくない。どの国へいっても「日本人である」ということが人と接するにあたって障害になるようなことはなかった。ほとんどの国が日本人には好意的だ。文化的に女一人で出かけて行っても、なんら問題はない。世界一周できる航空券50万円と、旅費100万円を賄い、1年以上無職でも何とかなる経済力を持った。養わなければならない家族もいない。両親もわりと娘のやることには寛大だ。何より、「自分はある人々と比べて多くの可能性、選択肢を手にしている」ということに気づかせ、だからこそ、簡単に諦めてはいけないのだと思わせてくれる人々に出会った。全力を尽くしてもなお、手に入れたいものが手に入らない人はたくさんいる。そしてその理由が、決して本人の努力で片付くものだけではなく、国の情勢、国籍、伝統、文化、お金という、もっと根深い背景を負っている人はこの世界にたくさんいるのだ。そういう人たちに比べれば、私は明らかに「ラッキー」だった。

この文章の読者の中で、どれほどの人が「海外に行きたい」と思っているのか私は知らない。もしそういう人がいて、何らかの理由で迷っているのならば、私は行かないという選択肢は無いものと思って欲しい。ただし、それが無目的であってはならない、というのが、数いる長期海外旅行者の中の一人である、私の意見だ。目的を持って、海外に出られるならば、その目的がしっかりしたものであればあるほど、旅を終えたときに得るものは大きいと思う。私が世界一周をしているときに出会った人たちが、もし、私の代わりに世界一周をしていたら、私よりきっと多くのものを学んだに違いないと思ったのは、彼らはそれだけ各々の人生で手に入れたいものがあって、それらに貪欲に生きていたからだ。

もし彼らが世界を舞台にしていたら、どうなっていただろうか。ベトナム人の女の子は、その言語習得能力を活かして、さらに多くの言語を習得したかもしれない。タンザニア人の男の子は、一流大学に入る機会を得たかもしれない。ネパール人の男の子は、もっと大きなビジネスを始めて、家族を養うお金を手にしたかもしれない。クロアチア人の女の子は、日本文化を世界に広めていたかもしれない。

もし、あなたに彼らに負けないくらいの渇望があれば、世界を旅することは自然と、それを叶えるための機会や人脈など、プラスなるものをたくさん与えてくれるに違いない。私たちは「ラッキー」だ。自分の旅の目的を明らかにし、手にしている可能性を自覚できたのならば、世界に出て行かない手は無い。そうしなければ、可能性が限られていても諦めない彼らに、私たちラッキーな人間が追い越されてしまう日は、案外近いかもしれない。それくらい、日本の外には魅力的な人たちが、ひしめいて生きているのだから。

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