来世から本気出す。

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先日、「インド流!」著者のマルカスさんにお会いする機会があり、その著書をいただいたので読んでみたら、ずっと疑問に思っていた謎が二つ解けた。

一個目の謎は、「なぜインド人は『ありがとう』と『ごめんなさい』」を言わない代わりに、『ノープロブレム!』を連発するのか」。

これは「良い事も悪い事も、すべてはカミサマの思し召しだと思っているから」なんだって。

例えば、美味しいごちそうを食べさせてもらっても、それは作ってくれた人がお礼の対象なのではなく、その現象を起こしてくださったカミサマのおかげ。
遅刻したのも本人が悪いのではなく、遅刻させる原因となった寝坊や渋滞を起こしたカミサマの力によるもの。

これが本当だとすれば、いろいろ合点が行くってもんです。

二つ目の謎は「なぜインド人は何事においてもわりとのんびりしているのか」。

これは「来世もあるから大丈夫!」・・・って思っているから、らしい。

輪廻転生を信じているので、死んだ後の次の人生も、今の人生の延長線上にあると考えていて、「今の人生がうまくいかないのは、前世のせいだからしょうがない。とりあえず今の人生を過ごして来世に期待しておこう」、という考え方をしているそうな。

ちなみにヒンディ語の「亡くなる」っていう表現は「チャレーガヤー」で「(次の人生へ)去って行った」という意味にあたるとか。
私たちが「人生一度きり!」と思っているのとは、まったく相反する概念が存在しているということが良くわかります。

スティーブ・ジョブズが毎朝鏡を見て「もし今日が人生最期の日なら、今日やろうとしていることは、本当に自分がやりたいことだろうか?」と、自分に問うていた、というエピソードが有名になるような今の世の中で、インドは未だに我流を貫いている。。ある意味すごいなぁとは思うけど、このインド流に従いながら生き方を変えるのは到底できそうもないですね。

ちなみに、「Zindagi Na Milegi Dobara」という「人生は二度やって来ない」というタイトルのインドの上流階層の若者を描いたボリウッドのヒット映画もあるので、「来世に期待!」という概念だけがインドにあるかっていうと、そうでもないようです。

インドを一括りにするのは不可能っていうぬるい結論は、インドの何を議論するにも必要であるってことは心にとめておかないとダメですね。

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