「インド人だからね。」

もうすぐムンバイに来てから3年が経つ。長いこと日本を離れていると、当然のことながら日本のトレンドがまったくわからなくなる。それでも、ムンバイにいる日本人は比較的日本の情報もしっかりと追っていて、彼らが話していることについていけないことがたくさんある。「それ何?それ誰?」って聞けば、「君はもうインド人だから、わからなくてもしょうがないね」と言われる。

だからといってインド人になれるかといえば、そんなわけもない。何年インドに住んでいたって、日本人として培ってきたものが完全に自分の中から消えてしまう日が来るとはどうしても思えない。
インドで良しとされることに、居心地の悪さを感じることだってたくさんある。仮に何十年経ったとしても、日本のことにも100%フィットせず、インドにも100%なじめない、「インドで暮らしている日本人」以外の何者にもなれないと思う。

別にそういう立ち居地に不満があるわけでもないし、「インド人だからね」と言われてもぜんぜん悪い気はしない。むしろそういう目で見られるのは面白くもある。でも、日本を離れているからこそ、インド人やその他の国から来ている外国人からは「この人は日本人」という枠組みで見られる。そう考えると、やっぱり日本のことに関して無頓着であるのはいけないことだな、と思う。海外にいるからこそ、自分の国についてしっかり語れなければいけないと思う。

たまに日本へ行くと、どんどん日本を見る自分の目が変化していっていることに気づく。外国人としての視点で日本を見るようになって、今では外国人が「日本ってすごいね!」という気持ちがとてもよくわかる。今ではあらゆる意味ですごい国だと素直に思うし、こんなにいろんな国の人に愛される国に生まれてよかったな、と誇らしく思えるような感覚さえ芽生えてくる。

でも時々、日本人を前にすると、外国人を相手にしているような錯覚に陥ることがある。外国に長く暮らしている日本人にはわかってもらえるかもしれないけれど、これもかなり妙な気分だ。自分だって日本人なのに、相手と間に大きなズレを感じてしまう。「この時代、ナショナリティなんてものは何の意味も持たない」と、いつだったかアルゼンチン生まれのスペインに暮らしている友達が言っていたけれど、やっぱり人って自分が何者かということを明確にしたい要求はあるもので、うまくカテゴライズできないとモヤモヤしてしまう。

アイデンティティもしかり、私の日本語も相当おかしなことになってきた。昔はもっと文章書くのうまかったのにな。脈絡のない文章になってしまうのも、きっと海外生活の代償だ。

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