日本人へのステレオタイプ

私は純血日本人だが、どの国へ行ってもだいたい現地の人と間違えられる。化粧をしないからかもしれないけれど、ベトナムへ行けば「日本語上手だね」と日本人に褒められ、ここインドでも、しばしばインド人と間違えられる。見た目が関係しているのかどうかはわからないが、一発で日本人だと思われた事はほぼ無い。そして最終的に、フィリピン人かと言われたりしてわけのわからないことになる。しびれを切らして日本人だと言うと、「日本人だとは思わなかった!だって英語を話すんだもの!」と言われたりする。西欧の人々が私の背後で、「この子は英語をちゃんと話すけど、他の日本人は英語しゃべれるかどうかわかんないね」みたいなことを言っているのを耳にした事もある。日本人をバカにしているというよりも、あまりにも知られてなさすぎるのだと思う。ムンバイに限って言うのであれば、ここには700人の日本人がいるらしいが、あまり現地の人とか、外国人滞在者のコミュニティに現れないため、彼らが日本人に触れる機会が無いのだと思う。

そんな環境下で私が常に心がけているのは、今を生きる日本人として出来る限り広くいろいろな人々と交流する事だ。「日本人は英語がしゃべれない」にはじまる、古い日本人のステレオタイプを打ち破りたい。トヨタとホンダ止まりの印象なんてまっぴらである。多少、印象なんか悪くなっても良いから、もっと発信できる日本人としての地位を確立させたい。もともと日本人の持っている長所は他国に比べても素晴らしいもので、内に秘めているだければもったいないではないか。

とはいえ、もともと同調やら共感やら、「言わなくてもわかっちゃう」的な文化の中で育った自分にとって、「違う意見の人間が集まっているんだから言ったもの勝ち」という真逆の環境下で自己を発信するのは相当なエネルギーがいる。日本人は声が小さいから音量も大きくして話さないといけないし、沈黙してても「あなたはどう思いますか?」なんていうパスは来ないと言ってよい。話さなかったら意見の無いものとして放置、コミュニケーションが取れない人間と思われておしまいである。私は母語の日本語をもってしても、別に多弁な人間ではないのでベラベラしゃべり続ける事はできないが、外国人相手には意識的に多くしゃべるようにしている。たくさんしゃべったと思っても、彼らにはそれで「普通」くらいである。

個人的に日本人と知り合う機会は少ないけれど、今まで出会った多くの日本人は必ずしもステレオタイプにあてはまらないニュータイプが多い。そして面白い。そういう人を通じて、ムンバイという多国籍都市で、日本がもっと発信されて行けば良いと思う。

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