ムンバイで1年6ヶ月

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先日まで「もうすぐムンバイへ来て1年経つ」と言っていたと思ったら、もう1年6ヶ月が経過していた。ここ1ヶ月ほどはいろいろと考えるのが面倒で、いい加減に時間を過ごしていた。時間は埋まるが、あまり建設的な使い方をしていなかったように思う。ムンバイには夏が来て、日中38度の暑さで外に出るのが難しい時期になった。そろそろまた、いろいろ考え始める時期かもしれないなと、ぼんやり思っていた。

そんな風に毎日を過ごしていたら、仕事で新しいオファーを貰った。ムンバイを離れて日本へ帰る、もしくは他の国へ行くという予定も無いし、インド人に本格的に取り巻かれて働くことは、ここでしばらく暮らして行こうと決めた限りマイナスになることはないだろうと思った。迷いも無くその場でオファーを受けたら、会社始まって以来のスピーディーな人事だったと驚かれた。責任とかプレッシャーとか、そういうものを始める前から心配していても得な事は何も無い。それらを少しでも感じるのなら、それは自分にとって何かしらプラスとなるものを得られるチャンスだと考えるようにしている。

でも、いずれは「日本へ帰る」という選択肢は、実は以前より大きくなっている。ここへ来る前は、本当に死ぬまでインドにいるつもりだった。日本が嫌いだったのだと思う。1年以上ムンバイで暮らしてみて、日本の良いところが見えてきた。特に夜眠る時、窓から入って来る風の匂いが日本とは明らかに違っていて、日本の春の夜とか、冬の雨の匂いとかが無性に恋しくなったりする。静けさを尊ぶ文化も日本独自のものなのだということに気づいた。おしゃべりなインド人や、リキシャや車のクラクションなどの騒音に常に取り巻かれていると、静かであることを異常としない日本人と居るときの心地よさや、無音の空間がなつかしくなる。生まれた国で培われた自分にとっての常識は、やっぱり簡単には覆せない。意識では「これがインドだ、大丈夫」と思っていても、意識では操作できない感情が「やっぱり無理、やっぱり違う!」と、時々爆発する。

それでもムンバイが好きだ。日本を好きになった部分は大きくなり、ムンバイを好きになった部分も増えた。ただ、日本が好きになってきたから、以前よりも日本を恋しく思うことが増えた。ならばいつ日本に帰ろうか。ここでやり続けたい何かを、作るか見つけるかできてからだと思う。今日本に100パーセント帰れば、ムンバイが100パーセント恋しくなってしまうだろう。どちらにも帰る理由が欲しい。受動的な理由ではなく、能動的な理由で。

ムンバイの夜9時半。外からはリキシャと、バイクのクラクションと、近所の人が大音量で聴いているボリウッドの音。今、この瞬間は、無音の空間で窓から桜並木を見下ろしたい。

ムンバイと日本。私にはこの相反する環境が両方必要だ。

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