日本の恋愛映画はインド人にとってどう見えるか。

たまには面白い話を書こうと思う。「日本の映画はインド人にとってどうみえるか」について。映画というのは、最近の軽めのラブストーリーである。それに絡めて、日本男児はインド人にとってどうみえるのか、についてもちょこっと書いてみる。

さて、とある日本人の女性を奥さんに持つインド人は言った。「日本の恋愛映画は眠るためにある」。ご存知の方々も多かろうが、インドの恋愛映画では、観客を楽しませるためには、歌と踊りが非常に重要な要素となっている。男女がそろえば、ノリのよい曲で時にはロマンチックに、ときにはド派手にスクリーンを飾る。しかし、日本は違う。カップルの生む沈黙こそが美徳である。日本人は、その沈黙から登場人物たちの心中を察し、共感し、わくわくしたり、悲しんだりする。

ある日本映画をみて、このインド人夫と日本人妻という夫婦の間で議論の的となったとあるシーンはこういうものだ。ある少年にふたりの少女が片思いをしている。バスケットをしている少年の後ろ姿を、少女Aが見つめ、その少女Aが少年を見つめている姿を、少女Bが目撃する。少女AとBは親友関係にある。この3人の主人公たちの間に、当然台詞は一切ない。その時間およそ5分。「・・・何が面白いんだ?あの少年は2人もの少女に見つめられているのにも気づいていない。そんなんでは何の特にもならないじゃないか」。これがインド人の意見である。次に、少年と少女Aがふたりで川辺をあるいているシーン。どちらも何か言いたいのだが、言い出せない。少年と少女はお互いにそっぽを向きながら歩き続ける。このもどかしい沈黙に日本人はグッと来る。インド人に言わせれば、こうだ。

・・・あの男はゲイなのか?なんで女の子とふたりでいて手もつながないんだ。ぜんぜんロマンチックじゃない」対して、日本人の奥さんは言う。「ロマンチックでしょっ!ジャパニーズロマンでしょ!」、と。

こういう映画のシーンをみているとインド人男性には日本男児はいったいどうやって女の子にアプローチするのかという疑問が湧いて来るようだ。彼らにとっては日本男児は宇宙人である。「最近は草食系男子が増えているのよ」と、奥さんは言った。それがいかなるものであるかを聞いて、旦那さんはますます困惑したようだった。彼曰く、「あんなにかわいい女の子が日本にはたくさんいるのに、なんで二次元に彼女がいるとか平気で言う男がいるんだ。いい車や、大きな家を持っているのに、日本人はなぜそういうものを武器にしないのか」。疑問は積もるばかりである。

そんなにも意見の違う日本人とインド人が結婚して、幸せに暮らしているのだから、それはそれでまた疑問なのだが、少なくとも日本人男性とインド人女性というカップルの実現はなかなか厳しそうである。「インドの女の子はアジアで一番難しい」という見解が、複数の男性から出ているくらい。

そんなわけで、次回はインドの女の子について書きます。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中