ディワリは、光とスイーツのお祭りで、ヒンドゥ教徒にとっての新年でもある。日本で一番良く知られているのは、春のホーリー、秋のガネーシャ祭の方かもしれないが、ともかく、11月13日からディワリが始まった。
爆竹と打ち上げ花火は午前2時まで続き、朝、前日の爆竹のゴミが散らばる道をオフィスに向かう7時頃には、遠くからまた爆竹の音が聞こえる。”Sleepless time”、オフィスのインド人たちはそれが当たり前のように言う。「昨日は2時まで花火して、今日は朝4時に起きてお寺へお祈りしに行ったよ」。仕事が終わるとラッシュのバスと電車を乗り継いで、家族、親戚の集まりへ参加するためにバタバタと帰って行く。
私にとって、これは3回目のディワリ。初めてのディワリでは、プーネで、まさに子供たちが爆竹を投げ合うローカルエリアへ連れて行かれて、インドの祭の徹底した祝い方に度肝を抜かれた。2回目のディワリはムンバイへ来てすぐの事。人生で初めてサリーを着せてもらってはしゃいだ。今年はひとりになって今までのことを振り返って、ちょっとしんみりしている。もっとも、11月初旬にサリーを一から新調して、仕立て屋で仕上げて貰って、実際に着るまでの一通りの経験をして、ランゴリを描いて、昨日からの本物のディワリが始まった時には、すでに自分の中ではディワリが終わってしまっていたというのが正しいかもしれない。
私のインドでの暮らしには波がある。誰かと出会っては別れ、また新しい人がどこからとも無くやってきて、たくさんの思い出を作っては、また、さよならをする。人の流れが、はやい。そしてその区切りひとつひとつは、自分でも感じ取れる。この3回目のディワリは、まさにその区切りの時期であるのかもしれない。ひとつの波が去っていく途中で、次の波が近づいてきているような、そんな感じがしている。新しい何かがやってくる予感がして、自分でもひとつ新しいことをしようと思った。爆竹が八方から鳴る帰り道、近所でコットンの青いサリーを買った。ずっと後ろ倒しにしてきた、サリーの着付けを覚えるためだ。コットンの柔らかい生地のサリーは初心者に適している。1時間ほど練習して、ちゃんと着られるようになった時、新しい波を迎える準備ができた気がした。
ディワリが終わったら、この数週間で縁あって知り合う事となった人たちと会う予定がいくつかある。と、同時に、これまで仲良くしてくれた人たちが、次のステージへ向かうため、彼らとさよならをしなくてはならない。外の開け放しの爆竹騒ぎとは裏腹に、楽しみと寂しさの狭間として、この数日のディワリがある。
3回目のディワリは、あと3日間続く。