金曜日の夜にムンバイで思うこと。

金曜日の夜に部屋に籠って本を読んでいると、なんだか悪いことをしているような気がするのはなぜだろう。ムンバイの若者たちは、金曜日の夜と言えば10時頃から夜通し踊りに行ったり、誰かの家に飲みに行ったりするわけで、そういうのを断ると、なんだか罪悪感を感じてしまう。だけど、そういうのを週に1回、3ヶ月ほど続けてきて、「もういいや」という気になってしまった。楽しくない訳ではないのだけれど、行きたくない時に行ったって楽しくなんかないのだ。そして今は確実に無理して行っても楽しめない時期にある。もしくはただ歳を取っただけだろうか。

代わりに、今月は自分の時間を忙しくすごしている人たちに出会った。いろんなパーティーにお呼ばれして時間がない、というわけではなくて、自分の趣味や、将来につながる活動で日々の時間をもっと目的的に確実に生きている(ように私には見える)人たちだ。そういう人たちは、たとえそれが仕事であったとしても、幸せそうに見える。とっても人として魅力的だ。そしてそういう人たちに刺激を受けて、7月からは時間の使い方を変えてみることにした。ヒンディー語も20時間のレッスンを終えたからといって満足している場合ではないし、読みたい本もあるし、マーケットの調査もしなきゃだし、体を動かすことも日々必要だ。(この2週間はアパートのリフトが壊れて、毎日7階まで上り下りしているけれどこれくらいはまだまだ楽勝)

東京で働いていたときに、週末どういう過ごし方をしていたのか思い出してみると、大体、カフェに行って本を読みあさったり、ドキュメンタリーを観まくったり、イベントに行ったり、よくものを考える友達とお酒を飲んだり、ぜんぜんパーティー人間ではなかったのは確かだ。ムンバイに来てから、一気にまわりの年齢層が下がってムンバイカール(ニューヨーカーみたいないいまわしでムンバイの人々をムンバイカールという)にスポイルされてしまった自分に気づく。これはこれで、よい経験ではあるのだけれど、要領の悪い自分に、目的的な時間の過ごし方とこれを平行でやっていくことは難しい。

さっきも、ルームメイトの韓国人の女の子に、「今夜は外出しないの?」と「金曜日の夜なのに?」的な目でみられてしまった。なにしろ彼女は私が紹介したイタリア人が恋人になって、3度の飯より週末が楽しくてしょうがない時期である。一方、公認会計士の卵のインド人の友達は、「四半期で今日は徹夜決定!」というメッセージを送ってきた。私はこれから3冊たまっている本を読んで、7月からどういう時間の使い方をしたらいいかを考えることにする。ムンバイの金曜日の夜。1週間で一番贅沢な時間である夜を、どういうふうに過ごすのが一番有意義なのだろうか。

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