見えないインド

「海外に出て働くことと、旅行することは違う」という言葉をよく耳にした。それは多くの場合、「旅行ではいい部分しか見えないが、仕事をするということはその国により深いところまで関わるから嫌な経験もするよ」ということを意味していたように思う。

ムンバイで仕事を始めて一ヶ月。たしかに私にとってもコメントとしては同じことが言えるが、その意味合いはかなり違う。つまり、いきなり仕事でインドに来ても、ほぼ平日は仕事をして終わるし、休暇と行っても週末か、長く取れて一週間。そんな生活では、普段見えていないインドを見る機会が得られないからもったいないよ、ということを言いたいわけだ。

たしかにインド人と仕事をするというのは新しい経験だ。でも正直に言って、インドに来て働きはじめたからといって「ありえない~」というような驚きは今のところ皆無だ。それは、同僚たちが優秀であるからということもあるし、私が種類は違えど、海外で働くという経験をすでにしたことがあるからかもしれない。ストレスを抱えることがあるとすれば、それは海外だから、インドだからという理由ではない気がする。単純に誰もが経験する「仕事で抱えるストレス」であるはすだ。

ともかくこんなに大きなインドという異色な国に身を置いて、オフィスとアパートを往復するだけなんていう生活は、とてももったいない。プラットフォームがわからないところから始まる電車での長旅や、まるでボリウッド映画から抜け出てきたかのようなコミカルなインド人との出会いや、月給7000ルピーで働く平均的インド人の生活に触れることや、意味も無く嘘をつきまくるインド人がいたかと思えば、驚くほど純粋なインド人との出会いなんかを、砂埃と異臭にまみれながら体に刻んでこそ、インドにいる意味があろうというものだ(と、私は思う)。そしてそれを体験せずして、「インド好き、嫌い」なんて結論は出すべきではないと思うのだ。

かくいう私も決してインド滞在が長いわけでもないので、まだまだ見えていないインドがたくさんあるはずで、いつかまた、そんなインドにあたって砕ける期間を持ちたいと思っているが、今のところはとりあえず仕事と日常生活をいかに充実させるかを考える期間に身を置いていることに満足している。ともかく1年間の世界一周旅行は私の「どこか知らないところへ行きたい、新しいものを見たい」という渇望を満たすには十分なものであったし、今は、そこで消費したのと同じエネルギーを再び湧き起こすことはとてもできない。

日常が定着してくると新しいことをはじめるのが億劫になったり、そこにハッとする何かを生み出すのが難しくなったりするものだが、そろそろ能動的なアクションをとりはじめてみようかな、というのが1ヶ月経ったところでの所感だ。

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