ライターと600ドル

6月のホーチミン、ある日の夜。いつものように、友人たちと屋外食堂に夕飯を食べに行く。
同席したのは、その日の便で帰国する日本人2名と、ホーチミンで働く20歳の日本人、現地で知り合ったホテルで働くベトナム人と、その友人であり、宿泊客でもあるアメリカ人。
アメリカ人と私はいつものようにビールを注文し、私の横で彼は煙草を取り出した。手元に置かれたのはひとつのライター。私の使えないタイプのライターだった。うまく指を滑らせられず、火がつけられない。
「このタイプのライターはどうしても使えるようにならないんだよね」私は、ライターを手にとってカチカチやりながら言った。火はつかない。すると彼は、私の手からライターを取り、ゆっくりと指の動かし方を見せてくれた。
「やってみなよ」再び手の中に戻されたライターを見て、「できないよ、どうせ」と私は言った。
とにかくやってみろ、というしぐさをしてみせた。指をすべらせた。
すると、ライターの先には火がしっかりと灯った。
「すごい!」なんでもないことなのに、なにかひとつの偉業を成し遂げたかのように、私はうれしかった。
「絶対に出来ないなんて言っちゃいけない。できるんだ(You never say can’t,you can)」
傍らでは、友人たちが、ふざけながらカエルの肉を食べていた。

それ以来、私はCan’tという言葉を使わなくなった。言ったら出来ることも出来なくなる気がしたからだ。

東京に戻ってから2ヶ月ほどたったある日、ベトナム人の友人からメールが届いた。
「彼がいなくなってしまったんだ、突然。」
その言葉の意味するところは、宿泊費の滞納分を払わずに、一切の荷物を持って、彼が消えてしまったということだった。
「いつも彼のことは良い友達だと信じていたんだ…けれど…」

アメリカに帰っていったのか、まだあの観光客の犇くホーチミンの街中のどこかにいるのか、今はもう、誰も彼の行方を知らない。

彼が悪人か善人かなんて判断はできっこないし、そんなことしたって無意味だ。
大切なことを教えてくれたことも事実で、600ドルを未払いで消えてしまったのも事実だ。
だが、600ドルを未払いで消えた事実は、多くの人に知られている。

彼を思い出すとき、他の友人たちは、まず一番に何を思うかわからないが、私はこれからも、Can’tという言葉は使わずに生きていこうと思う。

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